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僕のパニック障害の予防策と経験のご紹介

【僕のパニック障害の予防策】
パニック障害を起こすようになり12年が過ぎました。これまでの経験上、パニック障害を再発する環境・状況が明確になったので、
それらを避けて生活しています。
以下に示す再発する環境・状況さえ避けていれば、薬いらずで生活できます。
逆に再発する状況下では、薬を増やしても効果がありませんでした。

僕がパニック障害を再発する環境・状況
①人が多い場所、混んでいる電車・バス、居酒屋、地下鉄駅(地下空間含む)、映画館
②狭い空間(人がいなくても)、MRI・CTスキャン、耳鼻科の聴力検査の小部屋
 回転ドア(一瞬ですが凄い恐怖感)
③コーヒー(カフェイン)、飲むと数分後になる、再発率100%
④肉体疲労、仕事の納期が短くてプレッシャーになること
⑤床屋・美容室(結構苦手)、混んでいるときのお店のレジ


これらの環境・状況は何度挑戦してもダメでした。たまになら大丈夫ですが、毎日続けると体調が崩れます。



僕の持論ですが、
パニック障害とは体(脳の深い部分と心臓)が危機に反応して起こると思います。
本人の意識(大脳新皮質)がどう思っているか関係ないと思います。


僕の意識では怖い場所でなくても、心臓が勝手に恐怖時の反応を示します。
そうすると気持ちがそれに引きつられて、強力な恐怖心を覚えます。

普通なら、「意識・気持ちが恐怖を感じる」→「心臓が恐怖感のドキドキをする」ですが、
パニック障害を起こす僕の場合は、何かの拍子に「心臓が恐怖感のドキドキをする」→「意識・気持ちが恐怖を感じる」という順序です。心臓の恐怖感に引きつられて、気持ちが強力な恐怖心を覚えます。


海外の心臓移植を受けた人が、その後、趣味趣向が変わった、音楽の趣味が変わったなどという事例をテレビで見ました。
体(心臓)が、意識(大脳新皮質)に影響を強く与えていると僕は思います。

僕は本人の意識の持ち方だけで、パニック障害が治るとは思いません。
僕自信も数年間、パニック障害を起こさなかった期間があり、
治ったものだと思っていましたが、

それは単に、僕の体がパニック障害を起こす環境に遭遇していなかっただけでした。




【これまでの経験】
2か月連続で時間外労働100時間超えました
7月は時間外労働が100時間超えていたので、8月上旬に産業医と面談がありました。
この時は、まだ何ともありませんでした。
地方都市⇔都内の日帰り出張も結構ありました。
7月、僕と同じ課長の下にいた社員1人がメニエール病で職場離脱しました。
8月は連日深夜残業+土日も出勤でした。8月後半は土日も深夜残業していました。
8月は100時間をはるかに超えていました。


8月下旬 最初は心臓発作かと思いました
超多忙の中、異変が突然来ました。いすに座って仕事しているだけなのに動悸が妙に速い
明らかにおかしな動悸の速さに不安になり、会社近くの病院(開業医)に行きました。
診察の結果は、「狭心症の疑い」とのことでした。今日の夜、具合悪化するかも知れないと言われ、ニトログリセリン(頓服薬)を処方されました。
言われた僕は、ものすごく驚いたし、テレビでしか見たことないニトログリセリンが本当に薬であることにさらに驚きました。
そのまま会社の独身寮に戻り、半日ほど過ごし、夜11時過ぎに歯磨きしていたとき、医者の言うう通り心臓に異変が起きました。
心臓がもんどり打っているように暴れる感覚、動悸が強く不自然な状態に襲われ、共有の洗面所から自室に慌てて戻り、ニトログリセリンを口にしました。
かつてない心臓の変な動悸と、医者に言われたとおり悪化したこと、さらには薬を飲んで治まったことで、自分は本当に狭心症なのだと受け入れざるを得ませんでした。
ですが、それで治まりませんでした。日付が変わった深夜1時ごろ、3時ごろ、4時ごろと動悸が乱れました。その度に薬を飲みましたが、4時ごろからは薬が効かないし、こんなに何錠も服用して良いものか不安になり、タクシーで総合病院に行こうと寮を出ました。
大通りまで歩いている途中、また動悸がおかしくなったので、救急に電話しました。救急の電話対応の人に、「今、最寄りの消防から出動しました。大丈夫ですよ。気持ちをしっかり持ってください。」と励まされながら、救急車の到着を待ちました。この励ましはとても有効でした。救急車が到着した時は、発作が治まっていたのですが、総合病院まで乗せてまらいました。人生で初の救急車、搬送先の病院を探すのに時間が結構かかることを体験しました。狭心症の疑いでニトログリセリン服用した症状を病院に伝えると、病院に尻込みされてた感じでした。

朝5時ごろ、病院に搬送されました。心電図、エコー検査などしている最中、医者が狭心症の確定検査のため、カテーテル検査したいと言い出しました。カテーテルは手首の血管から検査器具を入れて冠動脈付近で狭心症を誘発する薬を入れて、心臓の反応を診るものだと言っていました。僕は一人暮らしだったので、委任状が足りず、両親が到着してからということになりました。
朝6時か7時、実家に電話にして、事の次第を説明しました。
8時ごろ職場に連絡しました。僕の上司が病院の近くに住んでいたため、出勤前に立ち寄ってくれました。どのような会話をしたかは、全然覚えていません。
午前10時ごろ、トレッドミル検査(ルームランナーしながら心電図)しましたが、異常なし。
午後1時頃、両親が到着。

搬送先の病院でカテーテル検査の予定でしたが、僕が微熱が続いたので見送りになりました。
職場に休暇を申し込み、実家に戻って療養することになりました。
新幹線で東京駅まで行き、そこから高速バスで実家に帰宅しました。
その道中も何度も、胸が苦しくなり結構大変でした。母親がついていたので、気持ちは少し楽でしたが。
帰宅後も動悸が変だったので、循環器病センターで診察をうけました。
私が当時31歳なのと、心電図、胸部レントゲンで胸の幅に対して心臓が大きくなっていないという理由で、
狭心症の可能性は低いと診断されました。

しかし、血管を広げる薬と体に貼るシールを処方され、様子を見ることになりました。
薬はグレープフルーツと飲み合わせ禁止だったと記憶があります。



本社人事部と面談
僕のことが本社人事の耳に入って、本社から人事2人が僕のいた製作所に来ました。個室で2対1で面談しました。
人事曰く、
「①労災申請と②傷病手当申請の2つあるけど、どうしますか。労災申請すると労災が認められるとしても、労災認定されるまでの半年くらいは無給だよ。傷病手当にしておきなよ。」
僕は独身でしたので、半年くらいは無給でも良かったのですが、人事の言い方が僕をおもんばかって「傷病手当にしておきなよ。」と言ったように聞こえてしまったので、傷病手当を申請しました。今でもこの選択は間違いだったと思っています。
人事とどんなに関係がこじれても、労災申請すべきでした。当時の僕は、一時的な体調不良だと思っていたので仕方ないですが。

9月~12月、職場と実家で療養の繰り返し
動悸の乱れは減りましたが、左胸から左腕の肘にかけてシビレがある状態が続いていました
あまり休める仕事状況でもなかったので、また新幹線で職場近くの寮に戻り、勤務開始しました。
しかし、職場に近づいたりすると、動悸が乱れました。やせ我慢して働いて大変つらかった。
一人暮らしと仕事が辛かったので、再度、休みを取り、実家に帰宅して療養しました。
回復しては、仕事復帰しましたが、状況は同じ。僕が職場に行けないように呪われていると錯覚する状態でした。
1~2週間ごとに仕事復帰と実家で療養を繰り返しました。
循環器病センターでは24時間心電図記録、ウエストポーチにテープレコーダー入れたもので記録しました。
実家にいる時の検査だったので、異変は記録されませんでした。洞性頻脈ということでした。
循環器病センターも打つ手なしという結果で、心療内科の受診を勧められました
僕の気持ちは、こんなに動悸が乱れるし、左胸のシビレはあるのに、「心臓に異常なし」ってどういうことだと理解できませんでした。


翌年1月~3月
心療内科を初受診したところ、「軽症うつ病エピソード」と「パニック障害」と言われました。
僕は、「こんなに苦しくて軽症なの?」と思いました。
左胸のシビレなど体に影響がでることを「仮面うつ」と言う説明でした。(微熱、だるいなどが)
体重も4㎏くらい減っていたし、諸々こみでこの結果でした。
パキシルを服用開始しました
「休務加療」で1か月単位の休みが始まりました。実家で療養しました。

その後、10月か11月まで
心療内科に月に1度の通院しつつ、家の周りを散歩したり、時々、片道1.5時間の電車通勤してました。
電車通勤を克服できないので、本社近くの都内にワンルームマンションを借りました。
満員電車が辛いので、グリーン車に乗ったりしましたが、辛いものは辛いという結果でした。
一度すごいきついことがありました。総武快速の錦糸町から馬喰町の途中で地上から地下に突入した瞬間、急に動悸が強くおかしく、心臓がもんどりうっている感覚がしたので、地下空間を避けるようになりました。
この一撃が都内に引っ越す決意になりました。
薬は、パキシルから始まり、パキシル増量→パキシル+トフラミィール→パキシル+トフラミィール+ジプレキサした。
ジプレキサを服用した感想は、肩こりが和らいだ感覚になりました。




その後、1年くらい
都内に引越したことで電車通勤時間は30分くらいになりました。
会社は、1週間くらいは続けて出勤できましたが、2週目になると失速して調子が悪くなりました。
2週間休み、2週間出勤を繰り返していました。
僕がなかなか治らないので、上司が都内に評判のいい心療内科が僕のマンションの近くにあるから、
そっちに代えてみたらと言われたので、病院を変えました。
本社の産業医が言うには、最初の心療内科が連携取りづらかったとのことでした。
この2点で、病院を変えてみました。
通院は月2回で頻繁に薬の種類を変えて、どれが最適か探っていた感じでした。
薬を頻繁に変えてみましたが、これという決まり手が見つかりませんでした。
中には、服用後、布団から起き上がれないような薬もありました。
力が入らなかったというか、重力が2倍になったというか、
布団に僕がひっついていたというか、とにかく、なかなか起き上がれなかった

会社も行けたり休んだりの繰り返しでした。
左胸のシビレは続いていました。シビレが、みぞおちに届くと動悸がおかしくなりことを繰り返していました。

解雇予告1回目!
人事から僕の父親も同席するように言われ、人事と2対2で面談しました。
人事曰く、「このまま休みを使うと来年6月末で解雇になります。ご了承下さい」とのことでした。

その後、半年~
僕は1日も早く通常勤務ができるように出勤しましたが、かんばしくありませんでした。
通勤中、勤務中、左胸のシビレは続いたし、時々、動悸も強く変な感じがする状態でした
1週目は大丈夫なので、このまま大丈夫かなと思いながら2週目に突入。しかし、2週目は不調になっていく状態が続きました。頑張っても出勤が続かなかったので、出勤と休みを繰り返していました。

解雇予告2回目!
5月、そのような努力も虚しく、人事から2回目の解雇予告がでました。
僕がどう頑張っても、会社は救済しないと言われたも等しく、頑張る気持ちも折れました。
僕は会社の無理な受注案件を頑張った末、体を壊したという解釈でしたが、会社は規則に従って解雇手続きしただけでした。

このような扱いを受けるのでしたら、多忙の時、「上司から、おまえしかいないから、頑張ってくれ、何とかしてくれ」と言われても無視して、わが身を守るべきでした。そのことで解雇になったとしても、僕は無傷で他社を探した方が何倍もましでした。

そうは思っても会社に行かれなかったし、ましてや会社と言い争いができる状態でもなかったので、医師に相談して休んで終わりにすることにしました。

依願退職
休みを使い果たす日に合わせて、依願退職を申請しました
薬をたくさん服用していたせいか、夜24時ごろ就寝して朝4時に目がギンギンに覚めていた状態でした。
起きている時間が長いのとパキシル(確か、20mg×2回、朝夕)が食欲増進していたのか、1日5~6食していたので、
体重が56kgまで増加しました。治療開始前は47kgでした。
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依願退職後の7月~翌年9月末

依願退職後の7月~9月は再就職活動していました。
せっかく、書類選考が通過しても面接時に、メンタル面で自信が持ってず、アピール足りず採用見送りがつづきました。
治った感覚が全然なかったので、仕方なかったと思います。

10月~翌年9月 56㎏→51㎏へダイエット成功!
再就職ができなかったので、都内の賃貸マンションは止めて、実家に戻りました。
最初の心療内科に戻りました。

体重は47㎏から56㎏まで増加しました。血液検査したら高脂血症とか言われました
薬をたくさん飲み続けて、激太りして、全く治らず解雇されたので、通院をやめました。

いきなり断薬したので、体調が悪くなり寝たきりになりました。仕方なかったので薬を飲み始めましたが、
薬はいづれ止めたい気持ちでした。
実家にいる分には、ストレスがないので、動悸の乱れはなくなりました。左胸のシビレも徐々に減っていきました。

寝たきりならないように、1日1回の散歩から始めて徐々に増やしていきました。
1日1回、30分程度の散歩

1日2回、30分程度の散歩

1日2回、45分程度の散歩

1日3回、45分程度の散歩

社会復帰するには、8時間+通勤時間の体力が必要なので、頑張ってました
やせるためカロリー計算もして、食べるカロリーも徐々に減らしていきました。
ストレスがないので、胸のシビレも減っていき、薬も減っていきました。

1日、45分程度×3回の散歩のほかに、食事制限もしていました。
基礎代謝量を計測したところ約1100kcalでしたので、
摂取カロリーを約1100kcal前後に抑えて、運動した分がやせていくように取り組みました。
食べる量を減らすとひもじくて続かなかったので、カロリーの低い食べ物に置き換えて食事しました。
(お米→ジャガイモのように)

腹持ちが良いため大根、ニンジン、ごぼうといった根菜を食べました。
僕の感想ですが、キャベツ・レタスより根菜の方が良かったです。
お菓子よりは、果物を食べました。お菓子は大きさの割にカロリーが高い、
果物は水分と食物繊維があるせいか腹持ちが良かったです。
どうしても、お菓子が食べたかったときは、「あと1時間したら、」と自分に言い聞かせて、ごまかしていました



再就職活動
心療内科の医師と相談して、働いて良いことになりました。
転職サイト、人材紹介から複数の会社に応募しました。
軒並み、書類選考で不採用(お見送り)ばかりでした。
1年半療養したせいか、パニック障害のせいか、その両方か理由はわかりませんが、
「貴殿の今後のご活躍を祈ります」ばかりでした。
いいか悪いか、日本の人事は本音を言わないから、不採用の理由が正しくわかりませんでした
転職サイト、人材紹介の人からは、日本の古き良き企業様の人事は、働いていないブランクがあると、
それだけでダメなことが多いと言いました

4月~6月末までは、それでも自分の過去の経験から近い製品の設計を探しては応募していました。
不可ばかりでした。
6月後半から、大手企業の中途採用は諦めました。
地元の派遣会社から大手メーカー設計職に応募しました。前職をパニック障害で退職したことも伏せて。
2社からOK出ましたが、就業先を探すのに日数がかかりました。
1か月くらい話が進まず、ダメだったかと思いましたが、8月下旬から就業先との面談の話が進みました。
就業先と面談までたどり着いたのは1社、面談は9月上旬でした。
幸いにして、当日その場でOKが出ました。就業開始は10月1日からとなりました。

社会復帰1回目(3か月間)

社会復帰1回目
大手メーカーの子会社の設計に派遣で勤務しました。
製品が今までとジャンルが異なり新鮮でした。

勤務して気付いたのは、意外と僕が治っていなかったことでした。
「この図面、今日中に仕上げて」の何気ない一言に、僕が焦って、動悸が強く速くなった。
軽く目まいをしたりしました

残業していたら、結構、しんどかったりしました。

前職を辞めた理由を隠していたので、周囲に悟られないように顔に出さないようにしていました
建屋の1階だったので、外に出て深呼吸したり、周囲に気付かれないように薬を飲んだりしました。
都内の心療内科で処方されたパニック障害を起きた時に飲む頓服薬(確か、ユーパン)を飲みました。
すぐ効くときと効かないときがありました。
飲むと10分~20分後に、あくびが数回出ました。緊張をほぐすのでしょう。

新製品の開発案件でしたが、僕が参加したときには、スケジュール遅れ気味でした。
僕は、しんどいことを言えずに仕事頑張っていました。
電車通勤がパニック障害に悪影響だったので、職場に歩いて行けるところにワンルームを借りました

そのように毎日なんとか過ごしていましたが、12月中旬、
技術センター長が製品の共同開発している会社に打ち合わせに行った際、
突如「開発を止める」と発言しました。
電話会議で会話を聞いていた僕も含め留守番組は、唖然。
相手企業さんも驚愕、紛糾。相手企業さんもその場で判断できないと打合せ終了でした。


理由が何だったのかわかりませんでした。
打合せから戻ってきたセンター長が僕に直接言いました。
「君の会社に1月~3月の契約更新しているが、開発を正式にやめることになった場合、派遣契約を途中で止めるから、ごめん。」
とのことでした。なりふり構っていられなかったのでしょうが、凄い内容でした。

派遣会社の仕組みをご存知なかったから、営業を通さずに僕に直接言ってしまったのでしょうが。
12月下旬、派遣会社から1月~3月の契約更新するか話がありましたが、僕は更新しませんでした。
僕自身がしんどい状況で、開発スケジュールの遅れを挽回すべく正社員の方と取り組んでいましたが、
契約を途中で止める前提の契約更新に望めなかった、契約書にサインする気にとてもならかったので


社会復帰2回目(3か月) その1

2011年1月~6月中旬
新年早々から再就職活動。
去年の3か月働いたことが社会復帰できた実績だと思った僕は、企業に中途採用で応募しまくりましたが、
前回同様、「貴殿の採用をお見送り……」ばかりでした。僕は社会復帰できたつもりでしたが、
日本の古き良きメーカーの人事には、そうは思われなかったようでした。
また、メーカー直接雇用は諦めモードになり、派遣も含めて応募しました。

それと同時に、最初に勤務した会社の対応が悪いと思っていたので、僕が体調悪くしたときの設計部のGMに、
僕を救済して頂きたいと手紙をおくりました。2週間くらいして出た回答が、

「いろいろ当たってみたが、君の力になれない。」とのことでした。
散々、会社のため設計部のため、僕は地方都市と東京の日帰り出張や時間外労働を2か月続けて100時間超えしたのに。
あの会社は僕のために無理をしなかった。心底うんざりしました。

この回答もってして、この職場の人たちとの付き合いを止めました。
僕が退職した後も、年賀状のやり取りは続けてましたが。
(僕がこの理由を告げずに付き合いを止めたので、気分を害した人もいらしたと思いすが)

仕方がないと思えませんでしたが、自分で仕事に応募→採用見送りを繰り返していました。
そのように過ごしていた中、3月11日、東日本震災。震災後は求人が激減しました。
6月に求人が出始めたので派遣で応募、採用されました。
この会社の親会社は、中途採用で不可だったところでした。内心は面白くなかったのでしたが、派遣契約しました。

2011年6月下旬~9月末
機械メーカーの子会社の設計で、派遣社員を開始しました。
ここで初めて「うつ病」の症状を経験しました。
今迄は、パニック障害に悩んでいましたが、今回はうつ病が主でした。
(数年前に軽症うつ病エピソードと診断されましたが、その時はうつ病の実感は全くありませんでした)
僕とパソコン画面の間に「分厚い透明なクッション」のようなものがあって、僕が仕事に取り組むのを邪魔していた感覚でした。
なぜか、頭が回らなかった。ポカミスが多かった。僕は真剣に図面・部品表をチェックしていたのですが、
結構ひどいポカミスもありました。僕はポカミスのひどさに、初めて「就業先に申し訳ない」と思ったほどでした。
理由はわかりませんが、頭が思考停止!仕事に取り組むのですが、何かに阻害・妨害されていた感覚ばかりでした。
自分が持っていた能力が出せなかった。不思議な状態でした。

震災後の夏の電力対策で、会社の平日の消費電力を減らすため、休日を土日から平日に変更、
さらに隔週で週休3日にするため、定時を1時間くらい延長されました

そこから残業開始という就業時間に変更されたと思います。(正確なことは忘れましたが)
この時間変更が僕には、とても厳しかった。週休2日、隔週で3日あっても回復が全然できなかった。
帰宅後、お風呂洗う余裕もなかったので、ずっとシャワーでした。夏だから、それでも良かったのですが。
1人暮らしだったので、身の回りのことをかろうじて1人でやっていました。非常につらかった。



社会復帰2回目(3か月) その2

8月のお盆休み休み後、朝方、胸が熱く苦しくて目が覚めました。動悸も早かったので、部屋にいて、
なぜパニック起こしていたのか、わかりませんでした
。胸がやたらと痛い熱かったので、会社を休んで病院に
いきました。心電図をとっても異常なしでした。医師が心臓の後ろに食道があるから、念のため後日に胃カメラ検査
しましょうということになりました
。検査の予約をして帰宅。しかし、胸が痛い熱いが続きました。あまりに辛かったので、
翌日も休みました。結局、検査当日まで全部休みました。毎朝、職場に電話するのも、非常に辛かったでした。

検査当日の検査1時間前に、派遣会社の営業から「僕の次期契約更新はない」と連絡がありました
原因が精神的なことであろうがなかろうが、契約更新しないという判断、1週間休んだし、仕方ないと思い、
すんなり了解しまいた。

検査の結果は「逆流性胃食道裂孔ヘルニア」でした
僕が心配していた精神的なものでなくて、安心しました。
てっきり、僕の気持ちのせいで「胃潰瘍」とかになったのかた思っていたので。
胃酸を抑える薬をもらったところ、確かにすぐよくなりました。

就業先に結果を伝えたところ、精神的なことではなかったのかという驚きの顔をしていましたが、契約が伸びる
ことはありませんでした。
僕もポカミスが多かったので、「契約更新お願いします」とまで言う気になりませんでした。
9月上旬には、勤務時間が普通に戻りました。
その後、9月下旬まで勤務して、職場の皆さんにご挨拶して、お仕舞いでした。



















社会復帰3回目(6か月)

設計の派遣が終わった後、設計で仕事を探さず、父親が務める土木現場にアルバイトしました。
デスクワークがダメなのかなと思ったのと、また探すのに日数がかかるのが嫌だったので。
ですが、土木現場でアルバイトしたことで、自分の症状について意外と多くの事がわかりました。

肉体労働(スコップ作業など)は、肉体疲労からうつ病が再発して、やたらと体がしんどかった。
なれないことで疲れたのとは異なる感覚、体を動かすことに抵抗感がありました。
雨で現場が休みになったときは、すごい助かりました。日給月給なので収入は減りましたが。

②1番大きな発見は、道路に沿って幅が狭くて深い穴に降りて、配管を設置した作業のときでした。
はしごで穴の底まで降りて、1,2歩歩きだした瞬間、動悸がとても強く心臓が暴れる感覚になりました。
びっくりした僕は急いで、はしごを上りました。頭がアスファルトより出たところで、その発作がピタッと
止みました。僕は気のせいだったのかと思って、再度はしごを降りました。やはり1,2歩歩くとまた動悸が
強くなりました。気のせいでないと思って、はしごを上がってアスファルトの上に出ました。

この経験で初めて、僕の気持ちの持ち方ではなくて、体が周囲の状況に反応して、心臓が暴れる感覚に
なっていたとわかりました。

「この図面を今日中に」と言われて、僕が焦って動悸が早くなったこともありましたが、
体が拒否反応したときは、動悸の強さのレベルが何倍も大きかった。2005年8月、僕が初めて発作したときのレベルでした。
この時、体が何に強く拒否反応したのか、わかりませんでしたが、この後も再発した状況から、幅が狭いところにいたこと
でした。

③U字溝を設置したとき、U字溝どうしのスキマにセメントを詰める作業のとき、1cmくらいのスキマにセメントを詰め続ける
作業が意外にも神経を使ってストレスがたまり、うつ病を起こしました。2日目は作業初日より、仕事の速度が遅くなっていました。
普通は、慣れて早くなるのですが。

これらの経験で、
僕の気持ちが「パニック障害」と「うつ病」を起こしたのではなくて、体が周囲の状況やストレスに反応したことによるものだったと分かりました。しかも、体が拒否反応した場合は、気持ちが焦った場合より何倍もひどいということも。













社会復帰4回目(2年9か月勤務)

土木現場の肉体労働が僕のうつ病に悪かったので、派遣会社で仕事を探しました。
「機械設計図面を読解できること」という応募条件が実家の近くにあったので、応募しました。

4月1日から派遣契約を開始しました。
設計部は穏やかな日々で手順書に従って作業していれば良くて、僕にはいい環境でした。正直なところ、僕を増員しなくても、良いのではないかと思ったほどでした。

1日に残業2時間を1週間通してやってみましたが、体調崩れ出したので、残業に挑むのは止めて、ここを長く続けることに気持ちを変えました。

1年くらい、ほぼ定時で帰っていましたが、設計の負荷が増えた時、部長から直々に「残業せめて月に40時間」と言われました。
その日の夕食時、僕は両親にその事を告げ、とてもできない状況だから、契約を止めるかもと話しました。
翌日、部長・副部長・課長・ベテラン社員に僕のこれまでの経緯、ふつうに頑張れないから派遣をしていることを告げ、契約終了で構いませんと言いました。
意外なことに、病気に理解があり、これまで通り「僕のできる範囲で仕事してよい」と回答がありました。
僕は初めて、理解があって寛大な人たちに会ったと思いました。とてもありがたいと思いました。


2年くらいしたある日、職場の消防設備の点検がありました。
職場のフロアーは壁で仕切りがなく、フロアー中央部は上階と吹き抜けでつながっていて解放感がある構造でした。
点検の時に点検者が誤って防火シャッターを降ろしてしまいました。天井から床に向かってシャッターが降りて、僕がいる側が広さ1/3くらいで密閉されてしまいました。密閉されてから1~2分後、動悸がすごい強くなり出しました。

自分で落ち着くように言い聞かせてましたが、あまり落ち着かず、この数年は大丈夫だったので、薬も持っておらず、
とても困りました。部長席の後ろの窓を開けさせてもらい、窓から外を見て、僕が密閉されていることから気をそらすように
しました。そうこうしている間に防火シャッターが上がりだしたので、僕も落ち着き始めましたが、体が拒否反応を示したので
その後も辛かった。玄関から外に出て、深呼吸しましたが、あまり効果なく医務室に行きました。血圧を測ったら、上が140くらいありました。普段は上が100台なので。これで目まいの正体がわかりました。急に血圧が上昇したことで目まいを起こしていたと。僕の想像では、体が拒否反応した時は交感神経が活発になり、血管が細くなり血圧上昇を毎回起こしていたのだと。
その日は医務室で休憩後、早退しました。

幸いにも直ぐに回復して、翌日も出社できました。しかし、フロアーに入って30分くらいは、足が少し震えていました。体がこわばってしまった。仕事中も少し辛かった。だるさが上乗せされた感じでした。これが1週間くらい続きました。

その後も、設計の負荷は高い状態が続いていました。
僕が頑張れない理由を広げたら、「そんな派遣は契約を止めてしまえ」と言う人もいたかも知れなかったし、人事の耳に入ったらマズイので、僕は言わずに残業続けたり休日出勤しましたが、体調が一気に崩れ出したので、契約期間中に貯めていた有給を消化して契約満了でお仕舞いにしました。当然、診断書を添えてですが。(僕は派遣会社の正社員でもなかったので、契約期間中しか有給使えなかったので)

社会復帰5回目(9か月間)

他県に引っ越して派遣社員をしました。
「残業ほぼなし」の条件を第一にして探しました。時給は前職より下がりました。

設計と製品試験の仕事でした。就業先が残業を極力しないという取り組みだったので、とても良かったでした。
勤務時間は忙しいかったですが、派遣は定時でぴしゃっと帰れたので満足でした。

昼休みに「自律神経のバランスを整えるCD」を聞きながら昼寝していました。

この9か月間は、パニック障害になってからで最高に体調が良かった。
治ったのかと錯覚するほどでした。


ただ、夏、作業所がとても暑かった、室内なのに37℃。大きなクーラー使ってましたが、建物内にいきわたらなかった。
この暑さに目まいを起こすようなりました。10月になって気温が27℃とか一瞬なったときも、目まい再発。
部屋でも暖房が強いと目まいを再発しました。体が暑さに拒否反応するようになりました。

「自律神経のバランスを整えるCD」は今でも時々聞いてます。
寝ちゃいそうになる音楽が体・神経の緊張をほぐして、いい効果なのだろうと思います。

副業解禁!

副業解禁の会社が少しずつ出てきたようだけど、
当然、技術の流出・流入もすると思います


僕が元気で正社員だった頃、大手メーカーの技術者と仕事した時に僕が思ったことですが、機械設計の場合、どちら様も同じ材料力学・物理法則のもと設計しているということ。メーカーのノウハウもあるにはありますが、微々たるものだと思いました。
開発コストをかける企業体力があれば、どこの会社も新規製品に参入できると。

社会復帰した時、僕は仕方なく派遣社員をしましたが、就業先で図面を見る度に思いました。
ある程度、材料力学・熱力学・流体力学、物理がわかる人なら、
どこの会社でも通用すると。


副業解禁で技術者が複数の会社に出入りすれば、必ず技術の流出・流入が起こって、会社の技術の差が縮まるでしょう。

特定の技術者集団が多くの企業を回していくようになるでしょう。会社の看板はたくさんあるけど、技術を支えている集団は同じってことにね。

最近

最近、夜寝られない日が続いています。
毎日、スクワット50回×2セットを続けたら、ぐったり感が出てきたので、減らしてます。
週2回くらい軽めの筋トレをしていましたが、最近、やや強めにしたのも良くなかったかもです。

やはり、心得違いだったかも

去年5月から派遣を辞めて実家で過ごしています。大勢と接しなくなったことで調子が良くなりました。
ほぼ毎日、オロナミンCやリアルゴールドを飲んで元気になったつもりで過ごしていました。軽めの筋トレも少し負荷を上げて取り組んでいました。うつ病のしっぺ返しが来たかも知れないです。

僕の根底に、「元気になって社会復帰したい、十数年前のように元気に過ごしたい」という気持ちがあるため、元気になるとすぐに、「もっと元気に」、「もっともっと元気に(人並みに)」と活動を増やす傾向があります。十数年、これを繰り返しながら頑張っていますが、これを止めようと思います。

僕の体の特性・性質を正しく理解して長く付き合っていくしかないと。僕は「人並みに頑張ることはできない」と理解することにします。「人並みに頑張れない」なかで、いかに世間とお付き合いするか(生計を立てるか)を考え、実践することにします。

雑談!

僕が仕事で海外出張した時に思ったことがあります。
自分が、「どの国」の「いつの時代」に「何をして過ごす」かなんて、
自分では決められないことだと。

すごい狭い範囲で人生を選択していると。選択している気持ちになっているだけだと。

最近まで、僕は次のように思っていました。
「すごい狭い範囲」とは言え、「何をして過ごす」かは、自分の努力次第だと。
僕が元気だったときは、
努力は報われることを経験したし、報われる物だと思っていました。

しかし、今は次のように思います。
そもそも、何かに努力を向けられる状態(自分と家族の健康面、経済面)にあったことに感謝しなくてはならないと。
これからは、今まで恵まれていたことに感謝しつつ、僕のできる範囲で努力していこうと。

メンタル低迷中!

メンタルがまだ低迷中、迷走中です。

去年5月から、元気を取り戻して頑張ろうとした反動で、メンタルダウン中。
うつ病のしっぺ返しが作動中。

僕は、僕の低いポテンシャルエネルギーの範囲で生活していくべき。
僕は、皆さんのように高いポテンシャルエネルギーで活動できないみたいです。

前回の繰り返しになりますが、
僕は「人並みに頑張れない」なかで、いかに世間とお付き合いするか(生計を立てるか)を考え、実践することにします。

そう考えながら、毎日少しずつ部屋の模様替え中です。







人が多いとまだ僕はダメです

人が多いとまだ僕はダメです。

スーパーとかのレジが列になってたりすると、並んでいる時間がつらい、パニック障害を起こしそうになります。
レジ付近の人工密度が高いからかな。電車みたいに。


今日はレジの端っこの列に並んで、人に囲まれないようにしてましたが、それでもちょっと辛かった。

列から一旦出ようと思っていました。

床屋も、少しつらいです。

人が僕に接近しているとつらいみたいです。軽い拒否反応かな?

来週、通院した時に相談してみます。








僕は人を恐れているのかな

今日も頑張って外出してみました。

お昼の人が空いている時間帯を狙って、トレーニングセンターへ。
到着した時は、予想より混んでいましたが、10~30分後には人が帰りだしたので、僕には良かった。
軽めの筋トレして、僕も退散しました。

帰りに昨日は混んでいたスーパーに寄りました。駐車場が混んでいた、嫌な予感。
一応、入店してみたらレジは空いていたので、いつもの買い物して、すぐ退却しました。

人が混んでいなければ、僕は大丈夫なのよね!
僕の体が、人に拒否反応しているのかな。



肉魚をあまり食べなくなりました

十数年前、うつ病がピークの時、突然思うようになったことがありました。

「生きていたいと思うもの→肉魚」を食べるのが嫌になりました。

一時的なことでした。その後は、普通の食事に戻りました。

去年くらいから、また肉魚をあまり食べなくなりました。
たんぱく質はもっぱら、ホエイプロテイン(牛乳)と卵でを摂っています。あと、ヨーグルト。

僕がこの7年くらい購入しているのは、「バルクスポーツ」さんのホエイプロテインです。
僕が調べた範囲では、1g当たりの価格が安いし、品質もいいから。
僕は味のない「ナチュラル」を購入して、オレンジジュースかココアに溶かして飲んでいます。

バルクスポーツ プロテイン ビッグホエイ 1kg ナチュラル

バルクスポーツ プロテイン アイソプロ 1kg ナチュラル


大豆は、ぼくの場合、逆流性胃食道裂孔ヘルニアに悪いので、食べません。
大豆は高タンパクですが、脂質が多いため、僕の場合、胃がもたれます。

肉・魚を食べれば、おいしいと思うし、力・活力も出ますが、
それらを得るために毎日食べ続けようとは思いません。


ハキリアリ_small

最近の不調の原因は

最近の僕の体調不調は、このブログを書くことで、
昔のひどかった労働環境を思い出していることが原因かもしれない。

月に一度の通院

今日は、いつもの月一度の通院しました。
ここ最近、混んでいるレジに並んでいるのが辛いと相談しましたが、解決策は提示されませんでした。
血圧計って、「120の60だから大丈夫だよ」とのこと。

そのようなことは、この十数年間に何度も言われて、僕が一番分かってます。

混んでいるレジで目まいする状態だと、混んでいる電車は到底無理→社会復帰はさらに無理な状態が続く、という気持ちに僕がなっていることがわからないようです。

おそらく、医者の考えは、立っていると目まい→血圧低下?→計ったら大丈夫だったから、僕に「大丈夫、心配ないよ」と回答したのでしょうけど。

僕の抱えている悩みと、あまりにも乖離した励まし「大丈夫、心配ないよ」ばっかりしていると、医師は僕という患者から信頼を得られない、治らないけどお金は得ている人という評価になるのですが。
10年くらい前に、僕が医者を見限ったのと、やはり同じか。

心療内科の医師の皆様は、患者が書いているブログなど読んで、患者が何に困っているのか勉強なさるべきだと思います。
ならない人には、患者が言っていることが意味不明で対処できないのでしょう。

転職も選択のうち

OJTという名の駒使いだったり、
「石の上にも三年」と言って、あなたの感覚がマヒするのを待っているだけなら、転職しましょう!
新天地を決めてから退職しましょう!

上司が退職を引き留めるかもしれませんが、
あなたのことを思って言っているのか、
新入社員や若手社員が辞めると、
人事からその上司の評価が下がるため、引き留めているのかは
あなたが見極めて!
































メンタルが上昇中?

5月はメンタル低迷してましたが、ここ数日はメンタルが上昇してきました。
でも、頑張らないで中庸を心がけて、いい状態が長く続くようにしたいです。
何分、僕のポテンシャルエネルギーは低め安定なので。
人並みに頑張ることは大敵!

気分がいい!

僕の場合、人と接しないと気分がいい、機嫌がいい。

ここ数日、広い敷地に2人だけで短期の仕事をしてます。

周辺に民家もなく、人もいなく、僕にはすごい楽!

日差しは暑くて嫌だけどね!

僕の株の勝ちパターン

最近の僕は、株の勝ちパターンが3つ出来ました。
①すごい基本ですが、「1カイ2ヤリ」です。
「1カイ2ヤリ」とは、買った株価の1円上乗せで売ることです。
具体的には、株価100円で1000株買い→株価101円で売ります。利益は1円×1000株-手数料です。
手数料が買いと売りで100円ずつなら、利益は1000円-(100+100)=800円となります。
僕は、値動きの少ない銘柄で、この手法を使っています。
②これも基本ですが、順張りです。
順張りとは、株価が上昇し続けている銘柄を買って、その後も上昇に便乗する方法です。
③javaでプログラムを作った。
僕の指でクリックしたのでは注文が入らないことが多かったので。僕の代わりに注文発注をクリックする単純なプログラム。

(取組中)
①毎日の終値から翌日の株価を予想する仕組みをエクセルで作成中です。
②取引時間中の株価情報を数分毎にエクセルに取り込んで株価を予想する仕組みを作ることに挑戦します。
株価のビッグデータを自分で目を通して判断するのが難しいので、エクセルで銘柄探しをしようと思います。



















カジノ法案

僕はカジノ法案に賛成です。
日本人に増税せず、世界にいる富裕層に日本でお金を使ってもらう趣旨に賛成です。

ただ、流行るかどうかは疑問です。
僕が思う理由は以下の通りです。
①日本を訪問している外国人は格安航空会社と安い宿を利用しているから、カジノ行く確率は低いのでは。
②地球温暖化対策で二酸化炭素の排出量を減らすため、化石燃料(原油・石炭)の採掘量も減少するから、資源大国がお金持ちでなくなるだろうから。














パニック障害とは

僕の持論ですが、
パニック障害とは体(脳の深いところ・心臓)が危機に反応して起こると思います。
本人の意識(大脳新皮質)がどう思っているか関係ないと思います。


僕がパニック障害を起こした環境・状況は、このブログ冒頭に記述していますが、
僕の意識が恐怖を感じているものではありません。

人が大勢いる場所以外にも動悸が強く速くなる環境があります。
MRI・CTスキャンの狭い空間、耳鼻科の聴力検査の小部屋(むしろ箱と呼ぶべき)があります。

これらは僕の意識では、怖い場所ではありませんが、心臓が勝手に恐怖時の反応を示します。
そうすると、気持ちがそれに引きつられて、強力な恐怖心を覚えます。

普通なら、「意識・気持ちが恐怖を感じる」→「心臓が恐怖感のドキドキをする」ですが、
パニック障害を起こす僕の場合は、何かの拍子に「心臓が恐怖感のドキドキをする」→「意識・気持ちが恐怖を感じる」という順序です。心臓の恐怖感に引きつられて、気持ちが強力な恐怖心を覚えます。


海外の心臓移植を受けた人が、その後、趣味趣向が変わった、音楽の趣味が変わったなどという事例をテレビで見ました。
体(心臓)が、意識(大脳新皮質)に影響を強く与えていると僕は思います。

僕は本人の意識の持ち方だけで、パニック障害が治るとは思いません。
僕自信も数年間、パニック障害を起こさなかった期間があり、
治ったものだと思っていましたが、

それは単に、僕の体がパニック障害を起こす環境に遭遇していなかっただけでした。







高齢者の車の事故予防

センサーや高度なプログラムで自動ブレーキとか誤発進を防ぐことも大切だと思いますが、もっと簡単に対策できると思います。
車の前と後ろのバンパーが何かに接触したら、エンジン停止する仕組みにするだけで、お店に突っ込み続けたりできなくなると思うのですが。
エレベーターの扉の先端についている、何か挟んだら扉を開け直す仕組みを高齢者の車のバンパーにもつけるべきかと。
車のバンパーが何かに接触したら、エンジン停止すれば大きな被害にならないと思います。しかも安価で。

新幹線も持ち物検査が必要ですね

新幹線も持ち物検査が必要ですね。
持ち込めるから起きた事件だと言うべきです。
乗客数が多くて持ち物検査に時間がかかるから、実施しないというのはダメなのでは。

多くの尊い命と人生を運んでいるのですから。

1カイ2ヤリ

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外出しづらいから…

僕はパニック障害で人が多い所に外出しづらいから。




再就職しようにも…

再就職しようにも職務経歴書で、パニック障害で何回も会社を辞めていると、
足元を見られた対応ばかりです。


①2018年3月、ハローワークで求人探して、3社応募しました。
2社は書類選考で不可、実家から車で通える1社が面接になりました。
いざ、面接時、採用担当者から「派遣会社を通してくるぶんにはいいよ」とのことでした。
僕は派遣通す気がないから、中途採用に応募しているのですが、
人事は人の気持ちがわからないようです
派遣会社を通したら、僕の手元がいくらになるか全然わからないのでしょう。
派遣会社に払っている金額がそっくり僕に渡るとお考えなのか。
人の気持ちがわからない人事とはお付き合いしないので、おしまいにしました。
(面接中、目まいとか起こして、ばれない様に自分の太ももをつねって気をそらしていて、つらかったし)

②2015年10月ごろ、ハローワーク経由で受けた設計会社も
似たようなことおっしゃいました。

正社員の求人だったのですが、「契約社員ならいいよ」、しかも勤務地は応募したところ別の場所を回答してきました
こういった人事、採用担当とは、お付き合いしないで、おしまいにしました。

ハローワークには、こういった求人と異なる条件を提示する会社を取り締まるか除外して欲しい。
求人票を読んで応募する意味がない、全く時間泥棒な会社だから。
あと、更新日になると毎回同じ求人を出しているだけで、採用する気がない求人。







1カイ2ヤリ

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カジノ法案に賛成です

僕はカジノ法案に賛成です。
日本人に増税せず、世界にいる富裕層に日本でお金を使ってもらう趣旨に賛成です。

ただ、流行るかどうかは疑問です。
僕が思う理由は以下の通りです。
①日本を訪問している外国人は格安航空会社と安い宿を利用しているから、カジノ行く確率は低いのでは。
②地球温暖化対策で二酸化炭素の排出量を減らすため、化石燃料(原油・石炭)の採掘量も減少するから、資源大国がお金持ちでなくなるだろうから。

それでも、今からカジノ関連施設を作るのであれば、
ラスベガス、マカオ、シンガポールに負けないもの・特色の違うものを作ってほしいです。
日本の借金を全部返済するつもりで運営してほしいです。














昨日は混んでいるレジ大丈夫でした

昨日は混んでいるレジ大丈夫でした。\(^o^)/

なんでかと言いますと、
ここ最近は人のいるところ・時間帯を避けて過ごしていたから、
人からのストレスが下がったのだと思います。

僕の経験上、治った訳ではない。
これで治ったと勘違いして、混んでいるレジ・場所に挑み続けると簡単に悪化するでしょうね。

僕の場合、人と会わないことが何よりの特効薬です。(T_T)

気にしないようにしよう!


僕の周囲のこと、世間のことをあまり気にしない」ようにしよう!

テレビやネットの出来事をあまり気にしない」ようにしよう!

聞き流す程度にしよう!






床屋がまだ苦手!

昨日、床屋に行きましたが、少し混んでいたので、少し辛かった。

待っている人がいない時間に出直そうかた思いました。

やせ我慢できました。

人が数人いるだけで、僕がパニック障害を起こさないか、不安と共存するの嫌です。

人を避けよう!

オウムガイが生存競争を避けて深海で暮らしているように、
僕も人を避けて生活しよう!

僕が大丈夫そうなときは、みんながいる浅い所に浮上して、
僕がダメな時は、誰もいない深いところに潜航して暮らそう!


オウムガイ

(僕はオウムガイのことをアンモナイトだと誤認していました)

I have panic disorder.

I have a relapse of panic disorder with following environments and situations.
①Place with many people. Train, bus, bar, subway station , underground space, the movie theater which are crowded.
②Small space (even if there is not a person), MRI, CT scanning, small room of the otolaryngologic audiometry.
③Relapse rate is 100% several minutes later when I drink coffee (caffeine).
④Physical fatigue, The deadline of the work is short, and pressure of mental.
⑤Barbershop, hair salon (good weak point), cash register of the shop when it is crowded.

I tried these environment and situation many times, but it was no use.
It is all right if I try sometimes, but physical condition collapses when I continue it every day.

月一の通院

月一回の通院でした。

あえて大勢に接しないで生活する趣旨を医師に伝えました。

静かに余生を過ごしていこうと思います。

In psychosomatic medicine

I attended the hospital monthly.

I told my doctor that I live without meeting people as much as possible.

I intend to spend the rest of life calmly.

In a barber shop.

There was a few customer in the barber shop.
I tried to wait my turn although I was anxious about my panic disorder.
I had my hair cut without my panic disorder.
I felt easy a little.

About my meals

I suddenly got one feeling thirteen years ago when I was the peak of my depression.
The feeling was that I didn't like to eat meats and fishes which want to be alive.
It was temporary. Soon I ate them again.

I have rarely eaten them since last year.I have been possessed by the feeling again.
So I have taken protein from mainly whey protein and eggs.

Of course,I feel meats and fishes delicious when I eat them,and I get vitality.

But I don't think that I eat them everyday.

この十数年間、…

この十数年間、心から楽しいと思ったことがないかも知れないです。

パニック障害・うつ病が治らない状態で会社解雇され、治ってない状態で仕事を探して、
「貴殿の採用をお見送り…」ばっかり。

不本意ながら派遣にありついても、体調が続かず辞めるの繰り返し。

たまに体調が安定していても、僕の胸の内は「また再発しないだろうか」という不安より少し手前の気持ち。

体調がいい日が続いても、その後は必ず不調の期間の方が長いしね。

とても悲しい

西日本の大雨の被災地の近くに、
僕がパニック障害を起こした時に住んでいた場所があったので、
6,7年ぶりに、元職場の人に安否確認の連絡をしてみました。
3人から「無事」との回答があり、良かったです。

しかし、僕がパニック障害を起こした時の職場の人にも連絡したせいか、
僕の左胸がシビレ出しました。十数年前と同じ。
当時のしんどい仕事環境を思い出して、体が拒否反応を示しているのでしょう。


当時、いっしょに仕事を頑張った人たちと接して、僕の体調が悪くなるのが悲しい。

なんで再発しているか‥

なんで胸のシビレが再発しているかというと。

当時の状況を思い出すから。

プロジェクトを受注後、僕への割り当てが、僕のできるスキルとボリュームを超えていた。

僕の体が著しく拒否反応を示しているのだと思います。

なまじ、言葉と職場の状況がわかって、頑張っちゃうと変な病気になったのかも。

道理がわからなくて、好き勝手に言っていた方が良かったかも。
世間に相手にされなく良かったかも!

僕に何か言っても通じないから無駄と思われていた方が良かったかも!

ブログ休もう

ブログを書くの休もうと思います。

このブログを書くために、昔の辛かったことを思い出したりしたせいか、

僕のメンタルがしんどいから、ブログ休みます。

そろそろ…

そろそろ床屋に行かねば。

接近戦だけどね!

頑張って、歯医者も行きたい。

虫歯はないけど、歯石チェックと歯茎が下がった部分のケアしたいです。

床屋

今日の床屋さんは、辛かった。

人工密度が高かった。3席が同時進行。僕は真ん中の席でした。

右隣の席の淑女が大きい声でしゃべっていて、僕には辛かった。

髪切ってもらっている最中は、耳栓できないからガマンのみ。

久しぶりに動悸が早くなった。
動悸の音が鼓膜から遠かったから、まだヤセガマンできたけど。


僕はスポーツ刈だから、バリカンセットを買って、家でやってもらおうか、真剣に考え中です。
(床屋に行く度に思うことですが)

髪を切る人が1人しかいない床屋に行けばいいのよね。(#^.^#)
(頭がいっぱいいっぱいになってた)

今まで…

今まで、心療内科で言われたこと、

パニック障害

軽症うつ病エピソード

統合失調症(昔で言う分裂症)

適応障害

でした。

処方された薬
パキシル(多いときは20㎎×1日2回)
トフラミール
ジプレキサ
その他は忘れました。

パニック障害が起きた時の頓服薬
ユーパン、ロラゼパム、 ワイパックス

薬はいくら飲んでも治らず、今日に至っています。

どう考えても

雑談ですが、
どう考えても、ツイッターとインスタのビッグデータを活用するのは、
AI(人工知能)だと思います。
AIが人間を理解するのに使うのでは。

あと、
万能細胞で体を部分的に作れるようになったら、
生体認証(指紋、網膜、静脈とか)の意味なくなるのでは。

さらに、
顔認証システムと街頭の監視カメラが結びついたら、交際関係が明らかになってしまうね!






電車で外出

今日は久しぶりに電車で外出しました。
朝のラッシュは避けて、9時過ぎの電車で片道25分の外出しました。

電車の揺れと加速の刺激に、パニック障害再発するのではという不安、
人が増える度に不安を感じました。
しかし、パニックには至らず、やせ我慢で目的地まで行けました。

用事は、僕と相手の1対1でした。
途中で何度か、パニック起こす予感がありましたが、やせ我慢できました。

帰りに駅ビルのデパートに行きましたが、人が多いと少し嫌な感じがしました。
なので、長居はせず、電車で帰宅しました。帰りの電車も空いていて良かったです。
帰宅後は2~3時間、寝てしまいました。

たまになら、外出できますが、毎日連続は無理な予感です。

8月の通院

今月も通院しました。

電車で外出して、とりあえず大丈夫だったこと。
床屋で周囲に人がいると辛かったなど伝えました。

自分に「大丈夫だと言い聞かせて、がんばろう」という結果でした。
(薬は12年前にたくさん服用してもダメだったので、僕が遠慮しています)

血圧を測ったら130-80でした。僕にしては高めの値でした。
前日に電車で外出したので、その緊張が残っていたのかな。

いつもなら、上が105とか110だったのに。

いつも通り、逆流性胃食道裂孔ヘルニアのための胃酸を抑える薬だけもらって終了。